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メガトレンド

(37) AIと雇用 ― 経営者が先に決めるべきこと

前回のINSIGHTSではAIと米国の雇用状況の関係をお伝えしました。今のところ大量失業は起こっていません。しかしながら静かに広がる若手の雇い止めは、企業さらには社会全体の競争力を維持する上で潜在的に深刻なリスクをはらんでいます。

今回は、誰もが思いつくものの答を持っていない問題を取り上げます。リスキリングは昔からある問題です。AIの登場はそのスピードと規模を大きく変えました。しかしながら、リスキリングはそれだけで完結するものではありません。経営者にとっては、「どんなスキルを」よりも「そもそもどんなビジネスをするのか」という、従業員スキルに先行する問題があります。

AIは新しい生産性向上ツールなのか

コンピューターの登場により、ホワイトカラーの仕事の仕方はこの30年ぐらいで大きく変わりました。例えばEmailはコミュニケーションの効率を画期的に向上させました。ZoomやSlackはさらなる便利ツールとしてリモートワークを可能にしました。しかし、EmailやSlackの使い方をマスターしたことで競争優位性を確立したビジネスはありません。そこで生まれた価値はコスト低下またはマージン増加として顧客や株主に還元されましたが、ビジネスの本質は変わっていません。今までのところ、ほとんどのAIのインパクトはEmail利用に比べられるものです。Copilot、ChatGPT、Claude Codeなどは今の業務の効率化を目的にしています。たとえば、ガートナーの調査によれば、これらの効率化は社員の大規模な入れ替えや解雇を正当化するほどの効果をもたらしてはいません。また、マイクロソフトの調査では具体的な数値も測定されています。Wordの編集にCopilotを使っても、削減できる時間は一回あたり平均でわずか約7分にすぎません。AIは役に立っていますが、多くの場合既存の生産性向上ツールの延長線上にあるものです。

もしAIがこのような生産性向上ツールに留まるなら、経営者がとるべき対応策は前号、メガトレンド(36)の記事の範囲を超えないでしょう。つまり、AI活用のロードマップ作成、従業員のリスキリング、プロセス改善方法論の導入、スキルに基づいた採用・報酬などです。

しかしながらもしAIがEmailではなく、インターネットのようなものだったらどうでしょうか。

インターネットを使って競争優位性を確立した企業は、インターネットを既存の仕事の効率化ツールとは考えませんでした。AmazonやGoogleがインターネットを通じて得たものは、消費者への直接アクセスとそこから得られるデータの商品化です。

AIに対する捉え方も同じです。AIを全ての競争相手が遅かれ早かれ利用する効率化ツールと見るか、プロダクト・サービス・顧客アクセスの根本を変えるものと見るか。当然ながら何が正解かは誰も分かっていません。インターネットも最初は効率化ツールと見なされていましたが、少数の先駆者がそれをビジネスモデルの変革と捉えました。

AIによってビジネスモデルの再定義が始まっている業界は多くありますが、そのうちの3つほどを見てみましょう。

1.BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング) 

すでにアウトソーシングの対象になっている業務はAIによって自動化される恰好の対象です。ベンダーは競合に先んじてAIを使ってコストを下げ利益を確保しようとしますが、ビジネス規模は縮小に向います。さらにクライアントが自前でAIを使い始めればBPOベンダー自体が不要になる分野もあります。

2.ITインテグレーター  

AIの利用は急速に進んでいますが、ITインテグレーターにおいて自動化できる部分はまだ限られています。また、大手インテグレーターはクライアントと複数年に渡るIT保守契約を締結しており、コストプレッシャーに耐える余力があります。しかしエンジニアの稼働時間にもとづく値付けは説得力を失いつつあり、組織変革や新事業の基盤構築などITを超えたサービスを提供し始めた大手インテグレーターもあるようです。

3.SaaS(Software as a service)  

ここでは勝者と敗者がはっきり分かれているようです。人間が使うことを前提に使いやすいUI(ユーザーインターフェース)を売りにしていたSaaSは、ユーザーがAIに代わった途端にUIの価値が無効になってしまいました。課金単位はユーザー数ではなく、APIの利用数やクライアントの目に見える成果に変えていく必要があります。そうした提供価値の変化に一早く対応できた企業は成功しています。例えば顧客サービスのためのチャットツールを提供してきたFin(旧Intercom)はAIを利用した問題解決サービスの開発に大きな投資を行い、アウトカム(AIによる問題解決の件数)を課金単位にすることで急成長しています。

ビジネスモデル変革はリスキリングに先行する

Finのようなビジネスモデルの変革は、多くの場合新しい組織の構築と人材の入れ替えを必要とします。既存のビジネスと新しいビジネスの間での顧客の奪い合い、経営者の関心の分散、投資の評価手法などで軋轢が発生するからです。だからこそ順序が重要です。『誰に何を学ばせるか』の前に、『どんなビジネスをするのか』を決めなければ、リスキリングは的を失います。

終わりに

直近の課題としてリスキリングは無視できません。しかしそれだけではありません。経営者は二つのことを同時に考える必要があります。一つは前回触れたような、後継者の採用と育成、中堅社員のリスキリング、AIを使うリーダーシップ、業績評価システムの改善などです。二つ目は目指すべきプロダクトとビジネスモデルです。AIによって生まれる新たな可能性とは何か、どのようなケイパビリティが必要になるか、それをどこから調達すればいいのか、などです。

この二つを同じ問題の二つの側面だと捉える企業がAI時代に生き残るのではないでしょうか。米国で事業を営む私たちは、AI活用の最前線に最も近い場所にいます。この位置を活かせば、現地法人が日本本社の一歩先を行き、グループ全体のモデル変革を先導することさえできるはずです。まずは社内で「自社のビジネスにとってAIはEmailなのか、インターネットなのか」を議論してみてはいかがでしょうか。

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