(34) 自動運転が変える社会と産業
米国ではWaymoが都市部でロボタクシーを商用運用しており、テキサスでは自動運転トラックの長距離・中距離輸送が始まっています。中国の重慶や広州ではすでに自動運転バスが数百台規模で稼働しています。日本でもこれらの分野で実証実験が行われています。
自動運転技術は、自動車産業だけでなく、物流、都市交通、IT、エネルギーなど社会の基盤産業を再定義します。かつて自動車産業が日米欧の経済成長を牽引したように、この自動運転が次の成長エンジンとなる可能性があります。
日本企業にとっても、この潮流とともに成長できる新しいチャンスが広がっています。特に、自動車、部品、精密機器、半導体、IT、物流、不動産、エネルギー、総合商社などに注目すべき機会が見えてきます。
物流・製造を変える“動く24時間工場”の時代
自動運転トラックが昼夜を問わず走り続ける社会は、単なる物流の効率化に留まらず、製造現場と流通網がリアルタイムで結びつく「動く24時間工場」社会を可能にします。
例えば、Aurora InnovationやKodiak Robotics は、すでにテキサス州で自動運転トラックによる商用運行をしています。彼らのトラックはドライバーの休憩を必要とせず、24時間体制で物資を運べます。自動運転トラックの製造コストや運用コストが下がると、人件費が掛からない自動運転トラックの配送コストは下がります。さらにAIが天候や渋滞を予測することで最適ルートを計算し、遅延を減り、配送時間が短縮されます。結果として、必要なときに必要な量を届けることが可能になり、最小配送単位も小さくなります。
こうした環境では、小売店がAIを活用して販売データをリアルタイムで食品メーカーに共有し、食品メーカーがその情報を食材メーカーにフィードバックする、といったサプライチェーン全体の情報連携が進みます。これにより、工場は需要データに基づいて生産計画を随時調整でき、食材メーカー・加工業者・小売店のいずれにおいても、過剰在庫や廃棄ロスを最小限に抑えることが可能になります。
このような仕組みが定着すれば、製造業における「在庫」や「生産計画」という概念そのものが大きく変わります。サプライチェーン全体が人に依存しない、24時間稼働型のシステムへと進化していくのです。
不動産・都市開発への波及――駐車場が要らない街へ
自動運転が社会に浸透すれば、都市は「車が停まる場所」から「車が動き続ける空間」へと姿を変えます。これまで郊外モールや住宅地の多くの部分が駐車場に使われていましたが、今後はそのスペースが大幅に縮小され、代わりに乗降ハブや充電・整備ステーションが新たな都市インフラとして整備されていくでしょう。
自動運転車は、利用者を降ろした後に自律的に次の目的地へ向かうため、常に「流れる交通」が維持されます。その結果、街の中心部から駐車スペースが姿を消し、道路空間の多くが歩行者のための通路や商業エリアとして再利用される可能性があります。実際、アリゾナ州フェニックスでは自動運転タクシーの運行がすでに日常化しており、「滞留」ではなく「循環」を前提とした街づくりももうすぐ始まりそうです。
こうした社会では、アクセスや利便性ではなく、人がどれだけ心地よく時間を過ごせるかが都市の価値を決めるでしょう。自動運転が生む新しい空間は、緑地・歩行エリア・カフェ・イベント場など、人が自然と触れ合い、リフレッシュできる場所へと変わります。効率だけでなく、自然や景観を取り戻し、人が移動しながらも安らげる街——これからの社会はそんな「人と自然が共存できる街」が望まれるようになるでしょう。
“走るコンピューター”が生むIT・半導体・エネルギーの連鎖
自動運転車1台が処理するデータ量は、1時間あたり数テラバイトに達します。車体の周囲を360度カバーする多くのセンサー類が常時環境をスキャンし、AIチップとGPUがそれを瞬時に解析して判断を下すためです。たとえば、自動運転トラックは、歩行者、他の車、障害物、混雑状況、道路の状態、天候などを認識しながら、最適なルートを決め、運転操作を行います。
この膨大な情報処理を支えるのは、センサー、LiDAR(光検出センサー)、AIチップ、GPU、通信モジュールといった高度なIT部品群です。自動車はもはや単なる移動手段ではなく、クラウドに常時接続された「走るデータセンター」ともいえるでしょう。その結果、自動車産業はIT・半導体・通信・クラウドと密接に結びつき、テクノロジー産業全体の成長エンジンの一つになりつつあります。
一方で、このリアルタイム処理は膨大な電力を消費します。AIモデルを稼働させるデータセンターだけでなく、EV充電網や道路沿いの通信基地局でも電力需要が急増しています。こうした背景から、エネルギー企業はモビリティとデジタルインフラの両輪を支える中核産業へと位置づけを変えています。
すでにテキサス州では、電力会社と自動車メーカーが連携し、AIデータセンターとEV充電ネットワークを一体化したプロジェクトが始動しています。それは、交通・エネルギー・情報の境界が消え、ひとつの巨大な産業エコシステムへと融合していく未来の象徴といえます。
