(33) 多様化するモビリティと日本企業のビジネスチャンス
20世紀の日米欧において、自動車産業はそれぞれの国の経済成長を牽引する基幹産業と位置づけられていました。21世紀からは韓国と中国が参入し、今では全世界を舞台に電気化と自動運転などの新たな技術の競争が激化しています。市場のニーズが多様化し新興企業が参入するにつれ、伝統的な自動車メーカーがとってきたブランド・コスト・品質に依存したビジネス戦略は見直しを迫られています。自動車に関連する産業も変わってきました。従来のメーカー・サプライヤー・ディーラー・アフターマーケット・修理工場などによるエコシステムから、デジタルマーケット・サブスクリプション・ナビゲーション・電池・充電ネットワーク・車内エンターテイメント・配車アプリ・自動運転・ロボットタクシーなどの多彩なビジネスが生まれています。
多くの期待が寄せられている自動車産業ですが、電気自動車と自動運転の普及については、楽観的な見方もあれば現実はそう甘くはないという見方もあります。技術的・法規制的な障壁はもちろんですが、損害賠償責任に関するルールも整備されていません。今までのような価格x販売台数の競争から、クルマはモビリティの一つの構成要素に過ぎず、そこから生まれる多様な価値をどう掬い取るかという多面的なビジネスモデルへの変換が求められているようです。この流れは、コンピューター業界の主役がIBMなどのハードメーカーからマイクロソフトやグーグルのようなソフトウェアに移行した構造変化に似ています。
今日のINSIGHTSではよく目にするテクノロジーの将来予測ではなく、モビリティの多様化が日本企業に与える影響について考えてみます。
全世界的なトレンドが都市化であることは間違いありません。ただし、従来の都市化が雇用機会や利便性に牽引されていたのに対し、デジタルテクノロジーやリモートワークが進んだ現在では、必ずしも都市に居住することが高収入に結びつかなくなりました。都市と郊外の棲み分けが複雑化しています。コミュニティとの繋がりや文化を求めて大都市に住む若者が増える一方で、住宅価格の低いテキサスやフロリダに移るファミリー層も増えています。モビリティも複雑化しています。人気都市では新しい公共交通機関が整備され、その隙間をうめる(ロボ)タクシーが普及すると予想されます。郊外では鉄道やバスなどの大量輸送機関は今後も普及せず、当分は自動運転車が主な移動手段になるでしょう。
人口構成の変化もモビリティのニーズに影響を与えます。高齢化社会では医療や福祉サービス
が整備された都市の魅力が高まり、子育て世代は広い住環境を求めて郊外を選ぶかも知れません。10代の若者の運転免許取得率は低下し、Z世代のクルマ所有意欲も減退しているようです。エンターテイメントもデジタル技術による場所・時間の制約を超えた体験と、プロスポーツやコンサートなどライブイベントへの支出増加という二極化が進んでいます。
こうしたトレンドはモビリティのニーズがますます多様化することを意味します。都市型・郊外型・高齢者向け・若者向け、などでモビリティ関連企業のビジネスチャンスは異なってくるでしょう。
都市型では、移動手段のシェアが基本になります。クルマが本来提供する自由な移動や個人的空間を公共性とどうバランスさせるかがカギになるでしょう。カーシェア、オンデマンド配車、MaaS(Mobility as a Service)、公共機関との連携など、所有よりも「移動体験の最適化」に価値が移りつつあります。ここではデータ連携やサブスクリプション型のサービスがビジネスの主戦場になるでしょう。
郊外型では、自家用車をベースにしつつ、自動運転やEVを活用した新しい所有・利用モデルが広がるでしょう。クルマのオフィス化や娯楽スペース化が進むかも知れません。またEVが一時的に移動手段と家庭蓄電池の二つの役割を果たす可能性もあります。
高齢者向けモビリティは、高齢者先進国である日本の企業が価値を発揮できる分野のひとつと考えられます。小型モビリティ、コミュニティバス、医療・福祉と連携した移動支援など、生活インフラに直結する分野です。ここで培われたモデルは高齢化が進むアメリカ以外の市場にも輸出できるかもしれません。
若者向けでは、所有志向の低下に合わせ、サブスクリプションや短期利用、車内エンタメ・デジタル連携を組み合わせたサービスが求められます。クルマは「移動のための手段」だけでなく「モバイル空間」としての魅力を持つことが重要になります。
このように、モビリティの未来を都市/郊外、世代などに切り分けて考えることで、より具体的なビジネスチャンスと戦略を描けるのではないでしょうか。何が正解かは誰にも分かりませんが、競合を見てから行動しても成功は望みにくいでしょう。速い判断とフォーカスが成功のカギになるでしょう。
新しいモビリティは、自動車産業・交通サービス以外にも数多くの業界に変化をもたらすと考えられます。駐車場が不要になれば、不動産・建築分野の多くの「当たり前」が塗り替えられる可能性があります。物流の仕組みが変われば食品や外食に新しいビジネスが生まれ、保険や金融サービスにも多様なチャンスとリスクが訪れるでしょう。そして、日本企業が活躍している他の業界にも大きな波が及ぶと想定されます。
