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(32) 2025年6月時点でのAIに関するコンセンサス

毎日のようにAIに関するニュースが飛び込んできます。内容を理解することはもちろん、自分のビジネスにどのような影響があるのか、どうしたらいいのかを、じっくり考える余裕もないのが多くの人の現実だと思います。一度立ち止まって、色々な意見がある中で、現時点での共通認識(コンセンサス)は何かを整理してみたいと思います。そこからどういう結論を引き出せるでしょうか。

今のAIは1990年代の黎明期のインターネットと似ていると言われます。当時もインターネットの大きなポテンシャルは語られていたものの、具体的・直接的な影響は不透明でした。その中でいろいろな取り組みがあり、成功した企業とそうでない企業が現れました。勝敗を分けたのは技術力ではなく、経営判断でした。この教訓はAI時代に備える経営者にとって示唆に富むものです。

AIの進化スピードについては、主に3つの立場があります。

  • 楽観派:AGI(汎用人工知能)は数年以内に実現し、AIは自らを進化させる超知性になると主張。特にテック企業に多い。
  • 悲観派:AGIは現状の延長では到達不可能とし、現在のAIは高度な統計処理に過ぎないと見る。
  • 中間派:AGIには触れず、今後5年以内にエージェント型AIが普及すると予測。人間のように目的達成を主体的に行うAIの登場を想定。

AI(含むロボティクス)の雇用に対する影響については以下のような意見が主流のようです。

  • エントリーレベルのプログラマー・テスターはAIに置換される。ソフトウェアエンジニア全体の需要は増えると見込まれていますが、単純なコーディングはすでに人間の仕事ではなくなっているようです。
  • ホワイトカラーでエントリーレベルの仕事が大きな影響を受ける。具体的にはデータ入力、財務会計処理、営業補助、顧客対応、人事アドミ、在庫管理、受発注手配、コピーライター・デザイナー、パラリーガル等。これは今までジョブセキュリティが高いと見なされたいわゆる頭脳労働者がAIに置き換わることを意味します。
  • ブルーカラーでは、ドライバーや倉庫・工場のマシンオペレーターなど、人為的な環境で繰り返しの多い仕事が進化するAIによって置き換えられるでしょう。
  • 反対にAIの影響を受けにくい職業としては、電気・水道工事、建設、高付加価値製品・サービスの対人セールス、教師、チャイルドケア、ヘルスケアなど、物理的操作に関する特殊技能や現場におけるアドホックな判断が必要な仕事、対人関係やコミュニケーション能力が要求されるもの。

これらがどの程度人間の失業につながるかについても意見は分かれます。数年以内に20%近く失業率を押し上げるという意見もあれば、減少と増加を差し引いて2%程度しか増えないという意見もあります。新たに生まれる職もありますが、それらはAI設計や創造性・リーダーシップを要するため、多くの人にとって容易ではありません。AIエントリーレベルの仕事が少なくなることで、若年層や低所得者層の失業が増え、格差拡大がさらに大きくなり、消費の落ち込みのみならず、社会の安定が脅かされるリスクを指摘する人もいます。

一方で、AIは人間を補完(augment/empower)する存在とする楽観論もあります。仕事のやり方は変わるが、仕事自体は無くならないという立場です。中小企業にとっては、人手不足や外注コストの解消手段となり得ます。ただし、AIが自動的に成果を上げるわけではなく、経営者が適切に導入し、人とAIを最適配置する判断が必要です。様子見をしているうちに先行した競合相手に劣後してしまうリスクもあります。

ここで1990年代後半に企業がインターネットにどのように対応したかを振り返ることがヒントになるかも知れません。当時、インターネットの影響については意見が分かれていました。後から見れば不可逆的な変革が世界に起こりつつあり、そのチャンスを活かした企業(アマゾンやアップル)は繁栄し、その流れに抗した企業(ブロックバスターやコダック)は衰退していきました。もちろんインターネットの影響は一様ではありませんでした。産業によっても社内の業務プロセスによっても異なります。一般論ではなく個別で議論しない限り効果的な対策は打てません。それでも成功したビジネスには共通点があると思います。

中間業者は中抜きされる
インターネット革命によってD2C(直販)が可能になると多くの中間業者が存在意義を失いました。AIの出現でデータを収集することや加工すること自体が仕事になる時代は終わりを告げるでしょう。データを批判的に吟味したり、それをもとに行動をとる(促す)ことがより重要になります。

知識の民主化
インターネットで多くの人がつながることで、知識を囲い込むよりは多くの知識が共有されて刺激を作り新しいものが生まれる、そういう場(プラットフォーム)を持つことが価値になりました。AI技術についても同じことが当てはまるかも知れません。社内外を巻き込んでAI活用のコンテスト(ハッカソン)をしてみてはいかがでしょうか。

長所が弱点になる(弱点が長所になる)
インターネット革命では路面店を抱える小売業が新興ネット専業企業を相手に苦戦し撤退を余儀なくされました。昔からの業態を守ることがネット対応への真剣度を下げたことにあると思われます。AIも同じように経営者と社員の決断力を要求しています。仕事を奪われると考える社員は当然AIの導入に消極的になります。AI導入のロードマップには社員のスキルアップや職種転換へのサポートが欠かせません。

技術だけではなく人への投資
インターネットの初期では全員が手探りでした。今から思えば原始的なウェブサイトでも一早く立ち上げて社内で経験を蓄積した企業は、その後の発展スピードが速くなりました。逆に様子見をしている企業が先行企業に追いつくのはますます困難になります。これは現場だけではなく経営トップについても当てはまります。AI利用においても、早く経験を積んだ経営者、あるいはそういう経験者を登用した企業はその後の投資判断で競合との差をつけることができます。

業務の再構築
インターネットが普及してからは、クラウド・モバイルをベースに社内業務を再構築した企業が競争優位に立ちました。外出先から様々なデバイスで社内システムを利用することは社員の生産性を高め顧客満足度の貢献します。それにはデータ漏洩やサイバー攻撃等のリスクもあります。それにも関わらず業務変革を続けた企業が優位に立ちます。今では失敗を恐れずAIファーストで業務を見直すことが迫られているのではないでしょうか。

かつてオートメーションが工場労働者をリプレースしたように、今AIがホワイトカラー職に変革を迫っています。今までテクノロジーを使う側だった人間がテクノロジーに脅かされている、将来の見通しは暗いという見方は、若者を中心に広がっています。長期的にはAIによって人間が労働から解放され、収入が保証されてみんなが趣味に生きる社会が実現するかも知れません。しかしそこに至るまでの間に多くの犠牲と困難が予想されます。資本家とAI技術者が他の大勢を犠牲にして利益を独占する社会は望ましいものとは言えないでしょう。最終的には世界レベルの政治的合意が必要になるでしょうが、それについての意見を形成するためにもAIについて逃げずに考えることが経営者・社会人としての次世代に対する責任ではないでしょうか。話が大きくなりましたが、我々は歴史的な大変革期にいることに間違いないでしょう。それが今のコンセンサスと言えるでしょう。