(22) 米国進出の新しい形とは
米国政府の「アメリカファースト」政策や輸入品に対する一方的な関税の引き上げにもかかわらず、海外に進出している、あるいはこれから進出を考えている多くの日本企業にとって、米国は依然として最も有望な市場の一つと言えるでしょう。アメリカファーストといっても、外国からの直接投資に期待する声はむしろ強まっていますし、現在日米間で議論されている、政府による支援策は米国進出を考えている日本企業にとっては追い風です。
もちろん米国市場は競争も熾烈です。それに加えて、文化の違いの理解、海外事業を管理するプロセスの整備、現地でのサプライチェーンの構築、製品のローカライゼーション、優秀な人材の採用と定着、複雑な法規制対応、などの課題が挙げられます。しかしながら、これらは今に始まった課題ではなく対応策があります。さらに多くの成功した日本企業から学ぶことができます。今回取り上げたいのは、それらのベストプラクティスに加えて、これからの米国進出を大幅に加速できるかも知れないトレンドです。すでに米国で活躍している日本企業においても、さらなる新事業の進出を考える際のご参考になれば幸いです。
最初に挙げられるのはテクノロジーの進歩です。SlackやTeamsのようなリモートワークを支援するツールとAIによって、地理や言語の障壁はどんどん低くなっています。言語については同時通訳が自動化され、必要であれば文書も日英両方で作成・共有されるようになるでしょう。基本的な情報は全てデジタル化され、AIが調査・分析・要約してくれるようになります。人間に残されるのはAIに適切な指示をすることと、AIが提示する結果をもとに総合的な判断をすることになるでしょう。これらのツールを使えば、事業構想の策定やフィージビリティスタディなどの大半はもはや日本にいながらできると言えるでしょう。さらに海外事業を現地法人や海外事業部に任せるのではなく、日本の事業責任者が国境を超えて世界を統括することも可能になるかも知れません。現に欧州のハイテク企業では現地法人なしに出張ベースで米国に進出して成功しているケースもあります。
二つ目は米国における伝統的な企業組織の解体です。ホワイトカラーの仕事の中で今までジュニアメンバーが担ってきたような情報収集や加工はAIによって代替されつつあります。そのため企業は若手社員の採用を抑えています。一方で経験を積んだシニアメンバーはAIを使いこなすことで飛躍的に生産性を高め、さらに高給と自由を求めてフリーランサーになる道が開けます。社内のルーティン業務は自動化され、専門的スキルは外部に委託され、社員の仕事はコーディネーションが中心になると予測されています。米国ではこの傾向は加速していて、専門職のギグワーカー化と言われています。増加するフリーランサーを活用することができれば、日本企業がよりリーンで効果的な米国進出ができるかも知れません。
三つ目は雇用代行や人事アウトソースなど、新事業立ち上げを支援するサービスの普及です。最近よく目にする雇用代行(EOR、Employer of Record)はクライアント企業に代わり外国で現地人社員を雇うための法的手続きや給与・ベネフィットの処理を代行するサービスです。EORはコロナ禍以降、世界的なリモートワークのトレンドに乗って急速に普及してきました。こうしたサービスを使うことで現地法人を設立することなく、数人の従業員とフリーランサーからなる初期事業展開ができるようになっています。こうした手法を用いることで、初期コストを抑えながら成功の糸口を発見することができます。
最後はソフトウェアによる差別化です。もちろんハードウェア主体の事業進出がなくなるわけではありませんが、米国進出で成功している海外企業の多くはソフトウェア事業またはソフトウェアとハードウェアのハイブリッドによる差別化を図っています。大企業ではSAP(基幹業務ソフト、ドイツ)、最近ではShopify (eコマース、カナダ)、Spotify(音楽配信、スウェーデン)、UiPath(プロセス自動化ツール、ルーマニア)などがあります。ハードウェアとのハイブリッドではDJI(ドローン、中国)、サムスン(スマートフォン、韓国)など。ソニーや日立もこのグループに入るでしょう。日本のソフトウェアエンジニアが米国のソフトウェアエンジニアに比べて劣っていると考える理由はないでしょう。モノづくりを本業としてきた日本企業であっても米国進出にあたってソフトウェアの可能性を探ること、例えば日本での経験に汎用性を付加したソフトウェア製品を米国進出のきっかけにしてみてはいかがでしょうか。そこに得意とする品質保証や手厚い顧客サポートを組み込むことでさらなる差別化を図ることもできるでしょう。
これらのトレンドをうまく利用すれば、いままで数年かかっていた米国進出を1年で完了することも可能でしょう。もちろん海外展開は多くの投資とリスクを伴います。しかしそれは米国企業の新事業やスタートアップも直面しているチャレンジです。日本企業だからと言って特別扱いはされませんし、特別に不利であると考える理由もないと思います。最初に述べたようにテクノロジーが国境や言語の壁を崩しています。こうした新しい仕事の仕方を通じて、終身雇用の社員やグループ企業に過度に依存するビジネス形態を脱却し、社外の新しい人材を惹きつけるチャンスと捉えることはできないでしょうか。