(33) AI時代に期待される人間の役割とは
AIの進化について耳にしない日はありません。日本でも大企業の半数以上がすでに生成AIを業務に使っているという調査結果があるようです。AIを導入している企業で共通して議論されることは、人間が果たすべき役割の再定義です。AIに人間の仕事が奪われるのではないか、という不安が多く語られていますが、現時点ではAIは人間を置き換えるのではなく、人間が行っている特定の作業を置き換えるに過ぎません。AIに置き換えられているのは、繰り返し可能な、定型的で高度な判断を必要としない作業です。そして人間に期待される能力は、言語化能力、問いを立てる能力、コミュニケーション能力、そして学び続ける意欲と言われています。
ここで現時点のホワイトカラー職に求められる能力をスキルと経験に分けて整理してみましょう。
- ハードスキル
- エンジニアリング、設計、営業、カスタマーサポート、経理、人事、IT、など、いわゆる機能別の専門知識
- 言語力、文章力、資料作成能力
- プロジェクトマネジメント、PDCA、TQMなどプロセス知識
- ソフトスキル
- 問題を発見し、適切に問いを立てる力(クリティカルシンキング)
- 意思決定を行い、他者を動かす力(リーダーシップ・コミュニケーション)
- 経験
- 部門や機能を越えた横断的な組織理解
- 業界の構造や変化に関する知識
- 不完全な情報に基づいて判断する能力
- 特定の環境における成功体験、信用、自信
スキルが汎用性を持つのに対し、経験は特定の組織や産業などの環境に依存しています。例えば同じマーケティングという職種でも、地域に特化した企業とグローバルに展開する大企業では経験の内容が異なります。スキル習得はキャリア形成の出発点ですが、キャリアが進むにつれてビジネスの特性に応じた専門性(経験)が重視されるようになります。
これまでの企業組織では、スキルと経験の蓄積度合いによって、以下のような役割分担がなされてきました。
- スタッフはハードスキルを提供
- ミドルマネージャーはハードスキル+ソフトスキル
- CFO・CTOなどの専門系マネジメントはハードスキル+経験
- CEO・COOなどの経営系マネジメントはソフトスキル+経験
この結果、大半の企業は多数のスタッフとそれを管理するミドル、経営を担当する少数のシニアマネジメントからなるピラミッド構造を持つようになりました。その形は100年近く変わっていません。AIはこの形を大きく変えるインパクトを持っています。AIによってハードスキルの重要性は相対的に低下していきます。スキル自体はなくなりませんが、AIによって自動化されたり、生産性が高まることでより少ない人間で業務が遂行されるようになります。そうした業務は社員の仕事というより、AIが提供するユーティリティのようなものになっていくでしょう。
一方でソフトスキルと経験を併せ持つ人材が企業の競争力を左右するようになります。そうした人材は高い市場価値を持つでしょう。さらにAIを使いこなすことが新しいスキルとして社員全員に要求されます。AIツールを選ぶ、AIに適切な指示を出す、AIのアウトプットを評価し判断する、などです。そうしたスキルが不在なままAIを導入しても期待する効果は生まれないでしょう。
一部の米国企業では、AIの積極的な利用を見越して採用計画の見直しやホワイトカラーのリストラが始まっています。そうした企業と競争する企業は国を問わず同じような動きを取らざるを得ないでしょう。
変化にどう向き合うか
経営者に求められるのは、AIと人間が協働する仕事のやり方・組織のあり方を明確にし、社員と共有することです。リーダーがどこに向かうのかを示さなければ現場は動きませんし、それでは競合に引き離されます。
スタッフやミドルマネージャーに対する支援としては次のようなことが考えられます。
- 日常業務にAIを組み込み、抵抗なくAIに触れる機会を作る
- OJTなどを通じAIを選択し評価する能力を育てる
- ソフトスキルを見える化し高め合う仕組みを作る
- 問いを立てることを奨励する環境を作る
伝統的な大企業では、従業員はハードスキル重視の職人的な仕事のスタイルを好むようになることが多いようです。例えば、自分の責任範囲内での決められた仕事を完璧に遂行する、他人の仕事に口を出さない、企業や産業の全体像や競争環境に興味を示さない、といった傾向です。しかし、こうした「サイロ」メンタリティはAI時代には大きな足かせとなります。AIの進展により、一部のエリートだけでなく、全ての従業員が自ら判断し行動することが求められるようになります。これは仕事に就くことの難易度が高まる一方で、仕事のやりがいも大きくなることを意味します。経営者には、AIのポジティブな点をアピールし、やりがいのある職場づくりを実現していく姿勢が求められます。